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エジプト旅行記【第3回】アスワンの街角から、ナイル川の船旅へ

今回の旅のルート|第3回

アブ・シンベル → アスワン

アスワンに戻ると、ナイル川沿いにはざっと20隻を超えるクルーズ船がずらりと停泊していた。ここアスワンは、ルクソールと並ぶナイル川クルーズの主要な発着地。私たちもそのうちの一隻に乗り込み、ここからルクソールへ向かう船旅が始まる。

今回のクルーズ船は、全長約72m、客室数64室、乗客約120名規模の船。外洋を航行する大型客船と比べればコンパクトだが、船内にはレストランやラウンジバー、屋外プール、ジャグジー、スパ、ジムなどが揃い、設備はなかなか充実している。客室は一般客室でも約22㎡の広さがあり、窓からナイル川の景色を眺められる。船の最上部に設けられたサンデッキには、プールやデッキチェアが並び、航行中も開放的な景色を楽しめる造りとなっている。

船はアスワンからルクソールへと向かい、途中、コム・オンボ神殿やエドフ神殿などを訪れるが、1日停泊するため、実際の出航はもう少し先。

ちょっとここで、アスワンの街を散策する。

アスワンは、エジプト南部のナイル川沿いに広がる街。古代エジプト時代から南方のヌビア地方との交易で栄え、アフリカ大陸の奥地とエジプトを結ぶ重要な玄関口であった。

街には市場や商店が並び、人々の活気にあふれている。一方、ナイル川に目を向ければ、ゆったりと進む伝統的な帆船ファルーカや、川面に浮かぶ緑豊かな島々、その向こうに広がる砂漠の丘が目に入る。街の喧騒と、ナイル川の穏やかな風景との対比が印象的だ。

大都市カイロと比べると、街並みは素朴で、建物や道路などの整備も十分とはいえない場所が目につく。馬にまたがり移動する子どもがいたり、地面に座り込む老人もいる。名のしれた観光地としての顔とは別に、地元の人々の日常の暮らしが垣間見える街でもある。

全体的な印象として、カイロほどではないものの、相変わらず観光客への声かけは多い。このしつこさもエジプトらしいといえば、らしいのだが、基本的には、買うつもりがなければ目を合わせずに通り過ぎる。逆に、買うつもりなら値段交渉は必須だ。

途中で立ち寄ったスパイス店も、外国人観光客への対応には慣れている様子だったが、なかなかクセのある商売ぶり。あれこれ勧められるうちに、つい買いすぎてしまいそうになる。押しに弱い人は、少々覚悟が必要かもしれない。

さて、夕暮れ時には、伝統的な帆船「ファルーカ」での遊覧へ。

ファルーカは、エンジンを持たず、風の力だけで進む木造の帆船。ようやく、悠久のナイル川に沈む夕日を船上から眺める時間がやってきた。

エンジン音のない船上は、驚くほど静かだ。聞こえてくるのは、川面を渡る水の音と、風を受けた帆や船具が時折キイキイときしむ音。ゆったりと揺られながら、ナイル川の風景を楽しむ。

ところが、途中から船上の雰囲気は一変。タンバリンのリズミカルな音と掛け声に合わせて、ヌビア人の船頭たちが踊り始めた。乗客も輪に加わり、船上はちょっとしたお祭り騒ぎに。これもファルーカ遊覧の定番の楽しみのひとつ。

ここで少しヌビア人について説明しておくと、ヌビア人は、古くからナイル川流域に暮らし、独自の文化を育んできた人々であったが、アスワン・ハイ・ダムの建設によって、多くの人々が先祖代々の故郷を失い、移住を余儀なくされた歴史を持つ。

そんな歴史を思うと、ファルーカの船上で耳にしたヌビア人の歌や踊りも、また違った印象を帯びてくる。タンバリンの軽快なリズムに乗せた陽気な歌声。しかし、その旋律には、時折どことなく哀愁が漂うようにも感じられた。そう感じたのは、彼らの歴史を知ったからかもしれない。それでも、夕暮れのナイル川に響くその歌声は、どこか心に残るものがあった。

ひとしきり盛り上がったあとは、再び静かな時間が戻ってくる。次第に沈んでいく夕日をぼんやりと眺めながら、約40分の遊覧を終え、岸へと戻った。

ナイル川の西岸に広がる砂の丘。その頂上に小さく見える建物は、イスラム教の聖者を祀る「アブ・アル・ハワの霊廟」。丘の斜面には古代エジプトの貴族や高官たちの墓が点在しており、異なる時代の歴史が一つの丘に重なっている点がエジプトらしい。

ここから3日間、いよいよナイル川クルーズの旅が始まる。ただし、船が動き出すのはもう少し先のこと。今夜はアスワンに停泊し、翌朝は再び船を離れて、世界遺産に登録されているフィラエ神殿(イシス神殿)を訪れる。

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