旅を終えて、まず感じたこと
今回の旅は、私が所属する会社の企画として実施したものです。
とはいえ、ここでは公式な報告というより、企画・同行に関わった一人として、旅を終えて感じたことを少し書いてみたいと思います。
帰国してしばらく経った今も、劇場へ向かう道や、開演前の空気、街で過ごした時間がふとよみがえってきます。

音楽は、街の記憶と一緒に残る
4月に16回目を迎えた「旅するオペラ」。その講座を受講してくださっている方々の一部ともご一緒しながら、今回、ウィーンで8日間を過ごしました。
旅を終えて改めて感じたのは、海外でオペラやコンサートを聴く体験は、単に「有名な劇場で名作を観て、聴く」ということにとどまらない、ということです。
事前に作品を学び、現地の空気に触れ、劇場に入り、音楽が始まる。その一連の流れの中で、作品そのものだけでなく、その街で過ごした時間までが記憶に結びついていきます。


そして今回、何より印象的だったのは、主役は「オペラ」だけではなく、「旅」そのものでもあるということを私自身強く実感したことです。
仕事で海外へ出かけた経験は何度かあったものの、プライベートでの海外旅行は19年ぶり。だからこそ、オペラだけでなく美術館も楽しみたい……。そんな思いで参加された方がいらっしゃいました。
また、オペラにも関心はあるけれど、それ以上に、ハプスブルク家の歴史や皇妃エリーザベトの生涯に心を寄せ、その足跡をたどることも旅の大切な目的にしていた方もいました。出発前から関連するドラマでしっかり予習されていたという話を聞いたとき、旅の楽しみ方は本当に人それぞれなのだと感じました。
皆さんが日々の忙しさの中で、「この街で何を見たいか」「どこを歩きたいか」「どんな時間を過ごしたいか」を考えながら、ウィーンでの滞在を自分なりにデザインしている。その様子は、出発前からよく伝わってきました。
もちろん、オペラはこの旅の大切な目的のひとつではありました。ただ、それだけではありません。街を歩き、美術や歴史に触れ、食事を楽しみ、そして夜には劇場へ向かう。そうしたことが、ひとつひとつ重なって、旅全体がひとつの音楽体験になっていくのだと思います。
とはいえ、「旅するオペラ」が大切にしている軸は変わりません。オペラに詳しい方だけでなく、国内の劇場鑑賞や事前講座を通じて少しずつ作品に親しみ、いつか海外の歌劇場でも自分なりに楽しめるようになること。「旅するオペラ」が、そのための入口であり、橋渡しでありたいと思っています。
今回も、鑑賞前の準備があったからこそ、現地での生の演奏や舞台の受け止め方が深まった場面が多くありました。一方で、作品へのアプローチの仕方や、音楽と旅を掛け合わせる体験デザイン、そして情報の出し方については、次回に向けて見直したい点もいろいろと見えてきました。
そうした手応えと課題も含めて、今回の旅を振り返ってみたいと思います。
少し知っているだけで、見え方が変わる

私は日頃から、オペラを目いっぱい楽しむには「予習7割、本番3割」くらいの気持ちでぜひ臨んでください、とお伝えしています。今回の旅でも、参加された皆さんがその意味を実感されたのではないかと感じました。
もちろん、予習といっても難しい勉強をする必要はありません。大切なのは、あらすじを知っておくこと。そして、主要なアリアや見どころ・聴きどころを、できれば何度か耳にしておくことです。
海外の劇場では、字幕の環境も作品や劇場によってさまざまです。ウィーン国立歌劇場のように座席ごとの字幕システムが整っている劇場もありますが、それでも字幕を追うことに意識が向きすぎると、音楽や舞台、劇場全体の空気を味わう余裕が少なくなってしまうことがあります。
だからこそ、事前に物語の流れや聴きどころを少しでも知っておくことが大切です。内容が頭に入っていると、舞台上で何が起きているのかを追うことに必死にならずに済みます。その分、歌手の声、オーケストラの響き、演出の細部、劇場の空気まで、より自由に受け取ることができます。
毎日忙しい中で、予習に多くの時間をかけるのは簡単ではありません。そこを無理に求めたいわけではありません。ただ、総合芸術と呼ばれるオペラを深く味わうなら、事前に少し準備をしておくことで、本番の楽しみは確実に広がります。
歴史ある劇場には、音楽以外にも心を動かすものがたくさんあります。重厚な柱や階段、美しいホワイエ、ボックス席を照らす灯り、深紅のベルベットに包まれた客席。そうした空間に身を置くだけでも、気持ちは自然と高まります。
だからこそ、作品の内容がよく分からないまま時間が過ぎてしまうのは、少しもったいない。舞台を理解する余裕があるからこそ、その場の美しさや空気まで含めて、劇場体験を目いっぱい味わえるのだと思います。
最初は少し落ち着かない。でも、それがいい。
現地で印象に残った場面、といえば、まずは劇場に少しずつ馴染んでいく感覚でしょうか。これは、何度訪れても変わらない感覚なのですが、滞在中初めての鑑賞日は、やはりどこか落ち着きません。ついキョロキョロしてしまうし、少し浮足立っている感じがあります。
「あれ、お手洗いってどこにあったかな」
「クロークはこっちだったかな」
「休憩時間はどこで過ごそうかな」
そんなことを考えながらホワイエに立っていると、徐々に思い出してきます。

ああ、この雰囲気、この感覚、やっぱり素敵だな…… と思うのです。そして、軽く一杯だけのつもりだったワインが、気づけば二杯目になっていたりする。これもまた、劇場の雰囲気が訪れる人の気持ちを盛り上げてくれる理由のひとつです。
参加者の皆さんも、最初はやはり同じような感じでした。
一回目は少し緊張気味。二回目はちょっと慣れてきて、三回目くらいになると、もうすっかり劇場の雰囲気に馴染んでいる。休憩時間になると、それぞれ自由にスイスイ動き回り、ワインをひっかける場所も自然に決まってくる。
そんな皆さんの変化を見守るのも、音楽旅の楽しみのひとつです。
劇場という場所は、最初は少し特別で、少し緊張する場所です。でも何度か通ううちに、だんだん自分の居場所のように感じられてくる。これは私自身も毎回覚える感覚なので、皆さんが同じように劇場に馴染んでいく様子を見ると、なんだかうれしくなります。
そして今回の旅は、オペラだけではありませんでした。コンサートもあり、美術館や博物館めぐりもあり、街歩きもあり。皆さん、それはそれはアクティブに動かれていました。
普段はそこまで歩かない方でも、一日10,000歩超えは当たり前。中には20,000歩近く歩いたという方もいました。美術館や博物館めぐりは、けっこう歩きますからね。
もう一つの楽しみは、毎日のランチやディナー。オーストリアワインとともに味わう郷土料理も、この旅の醍醐味です。肉料理ならウィンナー・シュニッツェルやターフェルシュピッツ。そして、肉料理が続いたら、シーフードという選択肢もあります。オーストリアは海のない国ですが、ヨーロッパ各地を結ぶ物流網によって、フランスやオランダ、イタリアなど海に面した国々から新鮮な魚介類が週に何度も届きます。そのため、ウィーンで味わうシーフードは驚くほど質が高く、私は毎回楽しみにしています。



ベートーヴェンもここに滞在していた

日中は長蛇の列となる人気のカフェも、開店と同時に行けばスムーズに入れた、という声がありました。
たくさん歩き、たくさん聴き、そして食事やワインも存分に楽しみました。
オペラ鑑賞日は、どうしてもしっかりとしたコース料理を食べるのは難しくなります。
夕食の時間と鑑賞時間が重なるからです。でも、終演後に遅くまで開いているバーで軽く食べたり、劇場のホワイエでカナッペをつまんだりするだけでも、十分に楽しい。

こうした時間の使い方がわかってくると、旅はぐっと深く、楽しくなります。
劇場で音楽を聴くこと。季節を感じながら、街を歩くこと。食べること。飲むこと。少し迷うこと。
少し慣れていくこと。そのすべてが重なって、旅の記憶が自分の中にゆっくりと積み重なっていくのだと思います。

劇場だけでなく、美術館や歴史的な名所、カフェ、ホイリゲなど……
ウィーンには何度訪れても新しい発見があります。
音楽を聴く時間だけでなく、その前後にどんな街を歩き、何を見て、どこでひと息つくか。
そうした時間も、旅の記憶をつくってくれるのだと思います。
旅行を計画される方は、ウィーン観光局の公式サイトも参考になりますので、
ぜひ見てみてください。
これまでの旅、これからの扉
この年表のアイデアは、帰国日に参加者の方と交わした、何気ないやり取りがきっかけでした。
帰国後って、身体はとても疲れているのに、まだどこか興奮状態なんですよね。時差ボケもあいまって……笑
本当なら少し休めばいいのに、そのまま夢中になって、気づけばその日のうちに年表を作っていました。
そして、これが並べてみるとなかなか面白いのです。

帰国後に作成した「旅するオペラ」鑑賞の軌跡。
これまでに観た作品と、これから開きたい扉を並べてみました。
その時は一つひとつの作品に向き合っているので、あまり意識していないのですが、こうして振り返ると、私たちは本当にいろいろな世界を旅してきたのだなと感じます。オペラの舞台は、国も時代も、作曲家も物語もさまざま。恋愛もあれば、裏切り・復讐もあり、家族の物語もあり、神話や伝説もある。
そして、まだまだ開いていない扉もたくさんあります。
今回の旅も、ただ「楽しかったですね」で終わらせるのではなく、これまでの体験とつながり、これから観ていく作品への入口になればいいなと思っています。
オペラや音楽は、一度観て終わりではなく、何度でも出会い直せるものです。
あの時はよく分からなかった作品が、数年後にふと心に入ってくることもある。逆に、以前好きだった作品が、別の演出や別の劇場でまったく違って見えることもある。
そういう長い付き合いができるところが、私はとても好きです。
参加者の皆さんにとっても、今回の旅が一回の思い出にとどまらず、これから先も音楽と付き合っていくきっかけになっていたら、うれしく思います。
参加者の方から届いた声
帰国後、参加者の方からも感想をお寄せいただきました。掲載にあたり、読みやすいよう一部表記を整えています。
実際に海外のオペラハウスで鑑賞して、印象が変わったこととして、会場が思いのほか小さく、舞台やオーケストラを間近に感じられたことを挙げてくださいました。とりわけオーケストラが近いことで、迫力や音響の良さを肌で感じられたとのことでした。
また、国内で鑑賞していた時との違いとして、座った席からは演者や指揮者の表情まで見て取ることができ、その感情にまで想像を及ぼすことができた、というお声もありました。
これからの鑑賞についても、国内でオペラを観る際に「海外の劇場ならどう見えるのだろう、どう聴こえるのだろう」と想像を広げられそうだ、という感想もいただきました。
さらに、今回の旅で特に心に残っている場面として、楽友協会大ホールでウィーン・フィルを聴いた時間を挙げてくださった方もいらっしゃいました。「本物の迫力が満載の企画だった」と感じていただけたことは、企画・同行に関わった立場として、とてもありがたい限りです。
初めての方は、まず一歩目から
「いつか海外の劇場で観てみたい」
そう思ったとき、最初の一歩は、いきなり海外ツアーだと、少しハードルが高いかもしれません。
まずは国内の講座や鑑賞会で、オペラ作品に触れてみる。
少し知ってから劇場に行ってみる。
終演後に、誰かと感想を話してみる。
そうした小さな体験の積み重ねが、やがて海外の劇場で音楽を聴く時間につながっていくのだと思います。

「旅するオペラ」では、初めての方にも安心してご参加いただけるよう、国内講座・鑑賞会・今後のご案内を行っています。
参加の流れや、「旅するオペラ」への私の想いや、大切にしている考え方は、下記にまとめています。
現在募集中・開催予定の講座は、こちらからご覧いただけます。

