東京春音楽祭 ワーグナー・シリーズ 《ローエングリン》(演奏会形式)
2022年4月2日 [土] 15:00開演 公式サイト
指揮:マレク・ヤノフスキ
演奏:NHK交響楽団
ローエングリン:ヴィンセント・ヴォルフシュタイナー
エルザ:ヨハンニ・フォン・オオストラム
テルラムント:エギルス・シリンス
オルトルート:アンナ・マリア・キウリ
ハインリヒ王:タレク・ナズミ
今年の東京・春・音楽祭2022、一部の公演は新型コロナウィルス感染拡大の政府水際対策の影響で中止となった公演があったものの、音楽祭中盤のこの大きなプログラムが無事終了した意味はとても大きい。
桜満開の上野は花見客でごった返していたが、東京文化会館前も集まったオペラファンで賑わっていて、春の訪れとともにこの公演を楽しみにしているファンの姿をみると、春の音楽祭というのも良いものだな、と嬉しい気分になった。劇場内も9割近くは埋まっていたのではないだろうか。
理由のひとつには、ここ2年間の日本のオペラシーンでは珍しいと思われるほどの海外アーティストを主要なキャストに出迎えたことにある、と思う。日本人アーティストにも実力あるワーグナー歌いはいるものの、声量とスタミナ、パワーにおいてはやはり海外アーティストを聴きたい、というのもワーグナー好きの本音。舞台付きでないことを差し引いても、奇抜な演出を見せられるくらいなら、無いほうが増し、という考えもあるのでさほど気にならない。とはいえ、エルザとオルトルートの2人は当初のキャストから変更されたことを考えると、まだまだ海外アーティストの来日はハードルが高いのだと思う。
さて、公演の内容はというと、個人的にはとても満足度の高いものだった。
終わったあとSNS界隈では賛否がかなり分かれていたようで、称賛の声を全否定するような過激なコメントも少なくなかったのだが、個人的には賛否がバキっと分かれるような演奏というのはそれだけで魅力的だと思っている。
特に、ワーグナーはその解釈においてバイロイト音楽祭などでも、賛否の嵐が吹き荒れるのが常なので、肯定的・否定的な意見をそれぞれつまみ読みするのも面白いものだ。
バイロイト音楽祭といえば、2016年のトリスタン。指揮はティーレマンで演出はカタリーナ・ワーグナー。主演はS.グールドとP.ラングだったように記憶している。再演ではあったが、全体的に歌手も調子が悪かったのか、ティーレマンが一人空回りしてしまったような公演だった。全幕を待たずに帰ってしまった客もいたのには驚いた。カーテンコールではティーレマンへの称賛の一方でキャストには冷ややかな拍手と称賛とがゴチャ混ぜ。露骨極まりないが、ここにカタリーナ・ワーグナーが出てきたら、もっと大騒ぎになったかもしれない。
話を戻そう。
今回は舞台付きでないぶん音楽に比重が置かれるが、ヤノフスキとN響から湧き出るその音楽は、鋼鉄の彫刻が響きの象徴のようで煌びやかな光彩に彩られ、ソリストもオケも合唱も、すべてが一体感となっていた。
タイトルロールのヴォルフシュタイナーは、冒頭の出だしは声がちょっと不安定でヒヤリとしたがすぐに持ち直した。第3幕のエルザに問い詰められる緊迫感高まるシーンあたりはとても印象的だった。ほかの主要キャストも安定感があったと思うのだが、いかんせん安い席に座っていたこともあり、顔の表情や動きなどは殆ど見れなかったので、ここは割愛する。
第2幕のあとの休憩時間に3月30日の公演と続けて聴いたという知人と現地でバッタリと会った時に聞いた感想は、今日のほうが数段良い、とのこと。確かに、ワーグナーのような作品になると、いくらリハをやるといっても、実際に本番を経験して得られるものもあるだろうから、初日よりは2日目以降のほうが安定感は出るのかもしれない。
最後に一つ付け加えておくと、この公演、字幕が良かったと思う。(広瀬大介さんによる制作)
演奏会形式だからこそ、私は字幕のウエイトは大きいと思っていて没入感をどれだけ得られるかは重要な要素。第2幕冒頭のオルトルートとテルラムントとの罵り合いの場面などは絶妙なメリハリとテンポ感に惹き込まれた。