公演ノート 旅するオペラ

アンサンブルの絶妙な調和 モーツァルト《コジ・ファン・トゥッテ》東京二期会

2024年9月7日(土)14:00開演 新国立劇場
モーツァルト《コジ・ファン・トゥッテ》東京二期会

  指揮:クリスチャン・アルミンク
  演出:ロラン・ペリー

  フィオルディリージ:種谷典子   
  ドラベッラ:藤井麻美   
  グリエルモ:宮下嘉彦   
  フェランド:糸賀修平   
  デスピーナ:九嶋香奈枝   
  ドン・アルフォンソ:河野鉄平   
  演奏:新日本フィルハーモニー交響楽団 

※同日に「旅するオペラ」も実施

《旅するオペラ》でもいよいよモーツァルトのオペラを取り上げる時が来た。ストーリーがいささか抵抗感のある内容で、物語の展開がめまぐるしく、笑いあり涙ありのジェットコースターのような名作オペラ。参加者の理解をどう深めるか、予習動画制作の段階から頭を抱えつつ何度も試行錯誤した。

事前講座では、モーツァルトの音楽の魅力をどう伝えるかを考えた。今回はグルックやハイドンとモーツァルトを聴き比べ、モーツァルトの独自性を感じてもらう試みを行った。まるで香水の香りを嗅ぎ分けるように、それぞれの音楽の違いを探りながら、モーツァルトの特別な輝きを見出してもらった。

さらに、岩波文庫の「モーツァルトの手紙」から一節を紹介し、彼の人間性にも触れた。モーツァルトは天才でありながら、非常に感受性が強く繊細な人物だった。ユーモアや遊び心がありつつも、感情の起伏が激しく、時には衝動的な一面も見せる。自らの才能に自信があった反面、批判には敏感で、その純真さや子供っぽさが彼を魅力的にしていた。幼少期から大人に囲まれた演奏旅行を重ねてきたモーツァルトは、洞察力と感受性に富んだ子供でもあった。そのまま大人に成長し、その複雑な性格が音楽に表れているからこそ、多くの人々の心を打つのである。

物語の展開もまた、目まぐるしい。キャラクターたちが愛だの裏切りだのと大騒ぎするため、私が作った予習動画のページ数はプッチーニやヴェルディなどと比較すると3倍に増してしまった。「これは、いくらなんでも多すぎでは?」と思わざるを得なかったが、《コジ・ファン・トゥッテ》はそういうオペラである。

さて、当日の演奏はといえば、まずは第1幕の最後に訪れた六重唱のアンサンブルが見事。まさに「究極のアンサンブルオペラ」という言葉がぴったりくる。6人のキャラクターたちが絶妙なバランスで絡み合い、誰一人として突出することなく、全体がひとつの美しい響きとなっていた。モーツァルトのアンサンブルには、その微妙なバランスが必要不可欠であり、誰かが出しゃばると全てが崩れてしまう。

今回改めて《コジ・ファン・トゥッテ》を繰り返し聴いたのだが、公演後、改めて思い返すと、モーツァルトのアンサンブル・オペラってなんとなく料理のブイヤベースに似ているなあと感じた。多彩な風味が絶妙に調和し、白身魚やエビ、ムール貝がそれぞれ個性を発揮しつつ、トマトやハーブ、サフランが全体を優しく包み込む。モーツァルトのそれも同じで、各キャラクターが自己主張しながらも全体として絶妙に調和している。そのバランス感覚こそが、《コジ・ファン・トゥッテ》の真髄なのだ。

アルミンクの指揮も素晴らしかった。新日本フィルとの共鳴が見事で、モーツァルトの音楽の軽やかさと深みが見事に表現されていた。何度も鳥肌が立つ瞬間があり、アルミンクのモーツァルト愛が感じられる指揮だった。

少し話は脱線するが、指揮者つながりとして巨匠リッカルド・ムーティは、自分にとってモーツァルトの音楽はすべて宝物だが、もし、自身の葬式に流してほしい曲はと問われれば、迷わず《コジ・ファン・トゥッテ》の第1幕前半、姉妹とドン・アルフォンソとの三重唱と答えるだろう。ただし、私が指揮したものであってほしい、と語っている。偉大な巨匠も惚れ込むモーツアルトのアンサンブル・オペラ、コジの魅力が伝わってくるエピソードである。

一方で、《コジ・ファン・トゥッテ》のストーリーに抵抗感を覚える人もいるかもしれない。キャラクターたちの行動や展開が無茶苦茶に思えるかもしれないが、それがこのオペラの魅力でもある。このオペラはまさに万華鏡のようだ。人間の様々な側面、愛、裏切り、欲望、赦しといった感情がモーツァルトの音楽によって優しく包まれ、時に辛辣でありながらも、常に温かさが感じられる。そのギャップこそが、この作品の持つ奥深さである。

最後に、演出について触れてみたい。ロラン・ペリーの演出は、舞台を録音スタジオに置き換え、キャラクターたちをその中で動かすという斬新なアイデアだった。ドン・アルフォンソが奈落の底に落ちるかのようなエンディングには驚かされたが、デスピーナがアシスタントディレクターのように扱われる部分には少々違和感があった。さらに、第2幕のフィナーレで楽譜をめくるシーンも少し煩わしく感じた。

やはり、モーツァルトの音楽を自然に流れさせ、その力を引き出す演出が最も心地よい。音楽が持つ力を邪魔せず、全体を包み込んでくれる演出こそが、モーツァルトの音楽の魅力を引き立てるものだと感じる。

次の《旅するオペラ》でも、新たな視点でモーツァルトを探求していきたい。

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