ヨーロッパの伝統的な歌劇場の特徴のひとつに、その内部のかたちが「馬蹄形」であることが挙げられます。
劇場の内部が馬のひづめに似ていることからそう呼ばれるのですが、私たち日本人からすると「これぞ、オペラ座!」というイメージですよね。(上の写真は、パリのオペラ座ガルニエです)
さて、この馬蹄形の歌劇場ですが、いわゆる1階席(平土間)を囲むように2〜5階ぐらいまで階層があります。この2階以上の席は「ボックス席」とか「バルコニー席」などとも呼ばれるのですが、ヨーロッパでオペラ鑑賞する機会があるならぜひ両方体験してみたいですよね。
ということで、今回はこの2つのタイプの席についてお話してみたいと思います。
参考劇場によってこれだけ違う!?ヨーロッパのオペラ鑑賞チケット座席を選ぶ3つのポイント
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私がこれまで訪れた主な劇場・コンサートホール
ミラノ・スカラ座
パリ・オペラ座
ロイヤル・オペラハウス(ロンドン)
ウィーン国立歌劇場
ウィーン楽友協会
ザルツブルク祝祭劇場
バイロイト祝祭劇場
バイエルン国立歌劇場(ミュンヘン)
ベルリン国立歌劇場
ドレスデン国立歌劇場(ゼンパー・オパー)
フェニーチェ歌劇場(ヴェネツィア) など その他はこちらで紹介
これぞ時代を超えて体験できる貴族の世界!?「ボックス席」
19世紀の絵画で知る「ボックス席」の様子
オペラが生まれたのは16世紀末といわれていますが、当時は貴族階級の限られた人しか観ることができませんでした。
やがて17世紀にイタリアを中心に商人が活躍するようになりお金を持つようになると、貴族階級だけでなく裕福な市民でもお金を払えば観れるようになりました。
18世紀後半から19世紀にかけては数多くのオペラの作品が生まれ、歌劇場も貴族階級や裕福な市民の社交と娯楽の場として発展し、
歌劇場はファミリーや夫婦で訪れてオペラを鑑賞する目的だけでなく、ときには男女の出逢いの場としての役割も持っていたのです。
音楽にどれほど集中していたかは、果たして疑問ではあるけれども、19世紀に歌劇場の様子を描いた作品を観ると、きちんと鑑賞する様子を描いたものもあれば、一方で、音楽はそっちのけ!という雰囲気を描いたものなど、様々です。
狭く区切られたボックス席ですが、その1部屋ごとの定員はというと、5,6人が一度に入れたようです。つまり最前列に2〜3人が座り、その後方2列目3列目に2人ずつ座る感じです。小規模な劇場になると、4人でも窮屈なボックス席もあります。
ボックス席の扉は重厚なカーテンと扉で覆われているので、音楽もそこそこに飲食も出来たし、隠れてこっそり・・・ということなんかも、色々と秘密に出来ちゃったわけです。
話が前後しましたが、ボックス席を描いたひとつめの作品が、ルノワールの作品で原題は「Loge(ロージェ)」
直訳すると「桟敷席」と言います。
「桟敷席」というのは 平土間(1階)より一段高いところ(2階以上)に位置する席のことで、ボックス状に仕切られたことから現在ではボックス席と呼ばれることが一般的ですが、伝統的な歌劇場の中には現在でも「Loge」と呼ばれているところも少なくありません。
ところで、「桟敷席」と聞いて、歌舞伎を劇場で観たことことのある方なら「あれ?」と思われた方もいるのではないでしょうか。
そうです。「1階桟敷席」といえば、もっともランクの高い座席ですよね。国は違えども、桟敷席というのは身分の高い人が座る席というのは共通であったのです。
女性は常に見られることを意識し、男性は見られるよりも見る側にいた、
ということが伝わってきますよね。
ボックス席の内部はまるで部屋のようになっていて、コートや帽子などを掛けるフックやバッグなどが置ける台などもあるし、
中には小さな鏡が掛かっていることもあるので、外から入ってきた客はたとえ真冬でもそのままの姿でボックス席に入り、そこでコートを脱ぎ、鏡を見ながら身支度を整えるのです。
今でも、ロビーにあるクロークに荷物を預ける際に、歌劇場によってはこうしたボックス席のチケットを持っていると「ここでは預けられない。あなたの席はボックス席だからそこに持ち込んでください」と言われて断られることもあるんですよ。
ルノワールやカサットの作品にはこうしたオペラ座の桟敷席やそこにいる人々の様子、姿を描いている作品がいくつかありますが、当時の様子が伺えて面白いですね。
さらに身分の高い人達が座る「ロイヤルボックス席」
では、貴族の中でもさらに身分の高い人達はどこに座ったのでしょう?
それは、ロイヤルボックス席です。
君主制(立憲君主制も含む)の国家であれば、王室の人達が座るための席、まさに言葉どおり「ロイヤル」のための座席。
共和制の国家であれば、国家元首である大統領や首相が座る席ということになります。
ロイヤルボックス席は一般的に舞台に向かって真正面に位置しており、階層も2階〜3階にかけて大きく設けられ、天井も高く、視界も遮られません。音の響きも良いです。
このボックス席に何人入れるのか?というと、これも歌劇場によって異なるものの平均は10人前後。
ウィーン国立歌劇場などは30人も座れちゃうくらい広々と造られています。
但し、すべての歌劇場にこのような豪華なロイヤルボックス席があるわけではありません。あったとしても、「え?これがロイヤルボックス席?」と思えるほど質素なロイヤルボックス席もありますし、ロイヤルボックス席自体が無い歌劇場もあります。
上の写真のように、舞台袖に近い位置に「身分の高い人」が座るボックス席もあります。
ここも平土間からとても目立つ座席で、天井も高いですからロイヤルボックス席の一種であると考えてよいと思います。
舞台を見る場合には、身を少し乗り出さないと見にくいデメリットはありますが、オーケストラピットの様子を覗き込んだり、平土間からの視線を集められるので一度はチャレンジしてみたい座席です。
ちなみにこのバイエルン国立歌劇場の場合、この両袖の座席のカテゴリーは第3カテゴリー、第4カテゴリーとなっており、第1、第2カテゴリーよりも安い席です。これは、視界と音響の点からは上の2つのカテゴリーより劣りますよ、ということなのです。
つまり、同じボックス席であっても、舞台に向かって正面側になればなるほど(離れれば離れるほど)カテゴリーは上がり、舞台に向かって側面に近くなればなるほど(近づくにつれて)カテゴリーが下がる傾向があると言えます。音響もカテゴリーの上下で変化しますから、良い音はやはり上位のカテゴリー席のほうが良く聞こえます。
なお、ボックス席は1列目(最前列)と2列目とではカテゴリーも雲泥の差です。こちらでも触れたように、ボックス席の2列目、3列目になると舞台は殆ど見えないと思ったほうが良いでしょう。
音響的にも視覚的にも満足度の高い「バルコニー席」
バルコニー席もボックス席と同じように1階席(平土間)を囲むように2階〜5階ぐらいまで階層がありますが、大きな違いは小部屋ごとの仕切りがない点です。
座席もすべて舞台に向いて設計されており、後列になるにつれて階段式に段差ができるので、視覚の点でも音響の点でもハズレの少ないことから満足度の高い席といえます。
ヨーロッパでも19世紀後半ごろからバルコニー席のある歌劇場が多く建てられてきました。
例を挙げるなら、ドレスデン国立歌劇場(ゼンパー・オパー)、ベルリン国立歌劇場、ベルリン・ドイツ・オペラ、パリ・オペラ座(バスティーユ)、トリノ歌劇場など。
ここ日本でもバルコニー席のある劇場は幾つもあります。その一部をご紹介しましょう。
横須賀芸術劇場
https://www.yokosuka-arts.or.jp/facility/hall/
愛知県芸術劇場
https://www-stage.aac.pref.aichi.jp/facility/main.html
新国立劇場
https://www.nntt.jac.go.jp/guide/facility/theatre/seat.html#anc01
日本人にとって馴染みのあるバルコニー席ですから、イメージもしやすいと思います。
人気の高いバルコニー席は、平土間席より早く埋まることも
バルコニー席のなかでも、最前列はチケットのカテゴリーも一番上(第1カテゴリー)であることが多く、とても人気があります。
歌劇場によっては1階席(平土間)よりも早く席が無くなることも少なくありません。(そもそも平土間に比べるとバルコニー席の最前列は席数も少ない)
下はミュンヘンのバイエルン国立歌劇場のシートマップ。黄色の座席が第1カテゴリーですが、バルコニー席の1列目も黄色です。また、バルコニーの2,3列目であっても、舞台正面寄りは第2、第3カテゴリーと比較的高いカテゴリーに分類されているのがわかるでしょうか。
バイエルン国立歌劇場は平土間の第1、第2カテゴリーもとても音が良いのですが、バルコニー席も良い音で聴くことができます。この2列目、3列目も人気の高い座席で、スター歌手が出るような公演ですとなかなか取るのが難しいんですよ。
ボックス席とバルコニー席の両方を備える歌劇場
ところで、ボックス席とバルコニー席の両方を備える歌劇場というのはあるのでしょうか?
答えは、イエス、です。
ロンドンのロイヤル・オペラハウスや、ブリュッセルのモネ劇場、バルセロナのリセウ大劇場、チューリヒ歌劇場、などが例として挙げられます。
今回はウィーンにあるフォルクス・オパー(ウィーン国立歌劇場に続いて2番目の規模を誇る歌劇場。オペラだけでなく、オペレッタやバレエ、ミュージカルなども上演される)をご紹介しましょう。
下の座席表を見てみてもわかるように、バルコニー席が2階にあり、舞台袖にはボックス席が4階層に分かれています。
バルコニー席の上にはギャラリー席がありますが、ギャラリー席というのはその劇場で一番階層の高い座席を指すことが多いです。フォルクス・オパーは全体で3階層しかありませんので、バルコニー席のすぐ上がギャラリー席となります。
下の写真は、フォルクス・オパーのギャラリー席の1列目から撮ったものです。
カテゴリーで言えば第4カテゴリー(黄緑色の座席)です。1列目ですから舞台はとても良く見えるのですが、音が天井に反響するので音響的にはイマイチでした。音で選ぶなら一つ階層下のバルコニー席のほうが断然良いでしょう。
ところで、1階(平土間席)の後方にも第4カテゴリー席(黄緑色の座席)がありますが、ここは確実に2階(バルコニー席)に覆われるので、音としてはいまひとつ。個人的にはカテゴリーが低い場合にはより高い階層の座席を選ぶことをおすすめします。
少し、話が脱線してしまいました。
下の写真では、1階の平土間席と、2階のバルコニー席、さらにボックス席も見えるのがわかるでしょうか。
フォルクス・オパーのボックス席は、舞台から少し離れているので、1階、2階の最前列は一番高いカテゴリーになります。ヨイショと身を乗り出さなくてもちゃんと視界も確保できますから、バイエルン国立歌劇場の座席表と比較すると、上席としてカテゴリー分けがされているのです。
まとめ
「ボックス席とバルコニー席どちらがおすすめ!? ヨーロッパのオペラ鑑賞のヒント」いかがだったでしょうか?
もし、一度きりのオペラ鑑賞体験であれば、やはり私は平土間の前方〜中央あたりの座席をおすすめするのですが、
2回目、3回目と、もしチャンスがあるのなら、ぜひボックス席やバルコニー席にもチャレンジして欲しいなと思います。
特に、ボックス席は部屋(室内)の内部を見るだけでも一見の価値があります。
上で紹介したジャン・ベローの絵のように、深紅や赤ワイン色のベルベッド地でカーテンや椅子が造られていて芸術品のようにほんとうに美しいのです。
その中でオペラを楽しむシチュエーションはきっと忘れられない最高に楽しい思い出になると思います。
ロイヤルボックス席も公演によっては、閉じられてしまうこともありますが(一般に販売されない)、ウィーン国立歌劇場やバイエルン国立歌劇場などは通常の公演でも運が良ければ座席に空きがある場合に遭遇することもあるので、こちらも是非試してみてください。
それでは、素晴らしいオペラ体験となりますように!!