公演ノート

バッティストーニ《フルート協奏曲》〜ヒエロニムス・ボス『快楽の園』&チャイコ5番

東京フィルハーモニー交響楽団 11月定期演奏会
11月4日[木]19:00〜 東京オペラシティ コンサートホール
指揮:アンドレア・バッティストーニ
フルート:トンマーゾ・ベンチョリーニ(★)

バッティストーニ《フルート協奏曲》『快楽の園』
          ~ボスの絵画作品によせて(2019)(日本初演)★
チャイコフスキー《交響曲第5番ホ短調 Op.64》

 

2021年もいよいよ終わろうとしているが、1年を振り返ってみると今年もさまざま記憶に残るコンサートに出逢えた。
東フィル首席指揮者、アンドレア・バッティストーニの11月定演もその一つ。自作のフルート協奏曲とチャイコの5番だ。

イタリアには世界遺産の街が数多くあるが、北部にあるヴェローナもその一つ。その歴史と文化はとても魅力的があふれ、シェイクスピアのロミオとジュリエットの舞台として知られ、『神曲』の作者でありイタリア語の父として知られるダンテ・アリギエーリはフィレンツェ追放後このヴェローナを拠点にその人生を送り(ヴェローナには現在もダンテの子孫たちが暮らしている)、音楽でいえば毎年6月下旬から8月末までオペラを中心に開催されるヴェローナ野外音楽祭が有名だ。

ヴェローナの街を一望に眺めることができるサン・ピエトロ城の丘はこの地を訪れる多くの旅人たちの心を満たし、そしてヴェローナで暮らす人々にとってはノスタルジアの象徴であったに違いない。

 

サン・ピエトロ城の丘からの眺め

サン・ピエトロ城の丘から眺めたヴェローナの街

 

 

音楽祭シーズンにはオペラで使う大道具がアレーナ(古代闘技場)の外に置かれる

音楽祭シーズンにはオペラで使う大道具がアレーナ(古代闘技場)の外に置かれる

 

さて今回の指揮者、バッティストーニはここヴェローナで生まれた。このような歴史ある豊かな文化の中で育まれた感性と才能は、まずチェリストとしてスタート。その後、指揮と作曲の勉強をはじめ、作曲に先んじて指揮者として24歳の若さでミラノ・スカラ座にデビュー。その少し前に2012年東京二期会の《ナブッコ》で初来日、その後、東フィルの首席指揮者に就任するまでの活躍ぶりはよく知られるところ。大の日本好きとしても知られるバッティストーニであるが、楽しみにしている日本のファンも多く、この日の客席も相当数が埋まっていた。
指揮者としての活躍が華やかであるためについそちらのほうに視線がいってしまうが、作曲への意欲は若い頃から注がれており既に20を超える作品を残しているというのだから何とも才気溢れる音楽家である。

さて1曲目の《フルート協奏曲》『快楽の園』は、「天地創造」「エデンの園」「地獄」「庭」の4つの楽章からなり、レオナルド・ダ・ヴィンチと同時代の画家であったヒエロニムス・ボスの作品『快楽の園』にインスパイアされたとされている。

ヒエロニムス・ボス『快楽の園』

 

音楽的な印象はと言えば、いかにも現代音楽「無調」ではなく、19世紀後半から20世紀あたまに見られたような調性感は残されている。豊かなオーケストレーションと神秘的な響きが重なり合いそこに絵画的な色彩が織り重ねられる。まるで壮大な絵巻物を少し離れた場所から眺めているような感覚は曲の最初から最後まで尽きることがない。それもそのはずで、この『快楽の園』のオリジナルはプラド美術館にあるが、高さは2.2メートル、幅が3.8mある絵巻物ならぬ祭壇画と呼ぶのが正しい。スケールの大きさを随所に感じるのも納得がいく。

絵画からインスパイアされて作品を創る、というのは、その絵画が象徴するメッセージを汲みとる必要があるが、指揮者として多忙な日々を送りながらもこうした創作活動に時間とエネルギーを注げる32歳というのは本当に感嘆しかない。(大昔はそれが一般的であったにしても)この現代において、それを難なくこなせるのも才能あってのこと。あのヴェローナの街が育む芸術的に豊潤な土壌の存在をあらためて感じていた。

 

後半のチャイコの第5番については、既に多くのブログやコンサート評で良好な評価が残されているので、簡単に。

チャイコの5番というのは余程ひどい演奏でない限り、観客の心をわしづかみにする人気曲であるので、あとは個人の好みに分かれると思っている。
バッティストーニと東フィルの共演からは、コトコト長い間かけて煮込んだ美味しいボルシチが、カラフルなテーブルクロスとナプキンでデザインされた、小綺麗なテーブルセッティングの上に運ばれたきて、それを時間をかけて味わい尽くした感じであった。スパイスはちょっと強め。

この日が3日目ということもあってだろうかオケとの呼吸も合っていたから、きっと双方ともに満足のいく出来だったのだと思う。

 

 

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